2008年5月21日~8月30日『宮本輝ミュージアム』にて開催された、宮本輝ミュージアム開設3周年記念企画展、"さし絵からひろがる宮本輝の世界-坂上楠生展-”によせられた、宮本輝さんのことばをここでご紹介します。
古典的技法の展開 -------- 宮本輝
小林秀雄に「美しい『花』がある、『花』の美しさといふ様なものはない」という有名な言葉がある。
画家の才能と成熟について考えるとき、私には一種の言霊(ことだま)のようにこの言葉が甦る。
画家が一輪の花を描くとき、彼は花を描くのではなく、彼にとっての花の美しさを描くので、観る者はその美しさだけにひたればいいのだというパラドックスの展開が始まっていく。
坂上楠生さんに私の書く新聞連載小説のさし絵をお願いしたのは1985年に一年近くにわたって全国の地方新聞十数紙に連載された「花の降る午後」が最初だった。それ以後、1994年に「人間の幸福」、2000年に「約束の冬」、2004年に「にぎやかな天地」と計四回お世話になった。「花の降る午後」の連載開始時、坂上さんも私も三十八歳で、「にぎやかな天地」の連載終了時には互いに五十八歳になっていた。
坂上さんは最も古典的な大和絵を生涯の画業と定めて修練を積み重ねてこられたので、私は当初、新聞休刊日以外は一日たりとも休むことのできないさし絵の仕事は、彼の目指すところから遠ざけてしまうのではないかと案じた。それが杞憂であったことは「にぎやかな天地」のさし絵の抽象性の深まりによって明らかである。